今月のロンボク
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6月に入って、いつもは静かなシンギギ地区も少しは外国人旅行者の姿が目につくようになりました。帆石亭では7月から8月の予約は入ってくるものの、日本人旅行客はまだ訪れていません。 6月半ば、隣家で結婚式がありました。よく運転手としてうちの仕事を手伝ってくれるアディ君の叔父さんに当たる青年で、「アレアレ」という踊りがレセプションでふるまわれ、しかもその楽団や踊り手は遠くスコトン(ロンボク南西部)から呼び寄せるというので大変な前評判でした。隣家では何日も前から炊事用の薪をとる作業が行われ、庭の木を切る斧や鋸の音が昼中聞こえていました。 私が日本でやっているロンボク紹介活動の中でも結婚式はとてもユニークなので「ロンボクの結婚事情」というテーマで必ず一度はお話することにしています。 日傘をさしかけられた花嫁花婿をとりまき、鳴り物入りで大勢の人が道を練り歩く「花嫁行列」はササック人(ロンボク土着の人)特有のもので、バリ人にはない習慣です。 この行列に伴う音楽には二種類あり、ひとつは「グンダンブレク」といわれる伝統的なもので日本の祭囃子のようなふしまわし、もうひとつは「クチモール」といわれる日本の歌謡曲に似たもので、どちらも太鼓が大きな役割を果たしますが、前者には打楽器を打ち鳴らしながら踊る一団があり、後者にはマイクをもったヴォーカリストがつき、エレキギターやキーボードなども入って参列者が踊りながら練り歩きます。どちらかというとロンボク西部では「クチモール」が、中部や東部ではより伝統色の強い「グンダンブレク」が多いようです。 私は「グンダンブレク」の方が好きなのですが、この日の音楽は「クチモール」でした。今月はじめにも近くの村で結婚式がありましたが、この時も「クチモール」で、どうも「グンダンブレク」の方が雇うのに費用がかかるらしいのです。ただ、「グンダンブレク」がより儀式的で観賞用であるのに対し、「クチモール」はみんなで参加するという趣向が強いので、それはそれで楽しいなと思います。 さしかけられた日傘の下で正装してかしこまっている花嫁花婿やその両脇の付添い人などよりも、まわりで飛び跳ねて踊っている人々を見ているほうが格段に面白く、写真をとると肝心の新郎新婦は写っていない、ということがしばしばです。物売りも出てきていっしょに練り歩き、子供たちはアイスやおもちゃを買ってもらって大喜びです。 この光景、どこかで見たような、と思って頭の中を検索したら、ありました、ありました、私が子供の頃には「チンドン屋」というものがあって、これが通りかかると子供たちは大喜びでついて行き、いっしょになってとびはねたりしたものです。「チンドン屋」は、幼い私が大人になったらなりたいと憧れた職業でもありました。ちょっともの哀しい笛のメロディーなども、「クチモール」と「チンドン屋」は似ています。 行列が通る間は道路は大渋滞となりますが、日曜の午後はしょっちゅうこんな風なので、誰も文句を言う人はいません。この日は私もBatu Layarの村落近くまでいっしょに歩き、その後列から外れてその近くに住んでいる日本人の友人Kさんを訪ねました。 第二次大戦中ロンボクに駐屯していた日本陸軍の一員だったKさんと、今しがた撮ってきたばかりの花嫁行列の写真を見ながらしばし談笑しました。二人とも、ロンボクの人が冠婚葬祭にかける費用と体力と時間には感嘆してしまいました。 今年83歳になるKさんでさえ、若い頃はみんな家で結婚式を挙げていたものでしたが今のロンボクのような大掛かりなものはなかったと話していました。 葬式にしても、20年前ぐらいまでは自宅でとりおこなっていましたが、以後は葬儀場でするようになり、今ではどこで人がなくなったのかもまったくわかりません。もっとずっと昔は子供も家で生まれていたわけですし、人の生き死にというものは常に身近に感じられるものだったのでしょう。 わが家は私もイミスも「よそ者」なので冠婚葬祭の当事者になることはなく、傍観しているだけですが、当事者になったら大変だろうなとは思います。以前、日本に住んでいるタイ人の友達と知り合いの人のお通夜に行ったことがありましたが、彼は日本のシステムを絶賛していました。タイのお祖父さんが亡くなった時には親戚の女性が総出で3日間お粥を作り続け、そのあと疲れて寝込んでしまったそうです。 何でもお金で解決して便利になるとその分人間関係は希薄になってくるし、どちらがいいのかは一言ではいえないでしょうが、少なくとも「花嫁行列」健在のロンボクでは、漠とした不安や孤独にさいなまれて通り魔になるような輩は出ない、と私は断言できます。 はじめに記した「アレアレ」という踊りは、花嫁行列が済んで夕べの祈りと食事の後、夜9時ごろから始まりました。海辺にしつらえた会場(といっても地面に綱をはっただけのものですが)に楽隊が坐って演奏し、3人の踊り手(女性)が次々に見物客を誘っていっしょに踊り、踊った人はご祝儀を投げるというもので、その額は1000ルピア(約13円)から。日が暮れると眠くなって夜は9時には寝てしまう私はイミスに叱咤されて見に降りていきましたが、えんえんと楽器演奏が続くばかりで踊り手は現れず(多分まだ着付けの最中だったのでしょう)、湯気を立てている蒸しとうもろこしやラーメンの屋台の方に気がひかれてしまいます。しばらく待っていましたが、耳をつんざく大音響にいたたまれず帰ってきてしまいました。その夜は2時まで音楽が鳴り響き、なかなか寝つけませんでした。人の話では、屋台も子供たちも2時までいて大賑わいだったそうで、ここの人たちのエネルギッシュなことにはもうただただ驚嘆するばかりでした。 今回の結婚式は、20年ほど前ボリビアに住んでいた時招かれたオキナワ移住地の結婚披露宴を思い出させます。新郎新婦の登場を待たずして飲み食いを始め、次々と芸能大会がくりひろげられて最後は出席者全員が舞台に上がってカチャーシーを踊りまくる、というもので、日本の沖縄県から来ていた人が「昔の沖縄みたいで懐かしい」と言っていたことが印象に残っています。私にとってもそれまでで一番楽しい披露宴でした。 ここまで書いてテレビのスイッチを入れたら「広がる隣人祭り」というのをやっていてびっくりしました。(NHK「クローズアップ現代」6月17日放送) ロンボクでは毎日が「隣人祭り」です。先進国はみな人間関係が希薄になってしまったのですね。 私もここに住み始めた頃は、しょっちゅう知らない人が家の敷地内で寝ていたり木に登って果物をとったりしているのが気になりました。ある時ベモ(乗り合いバス)の中でスリにあいお金を盗られそうになったら、翌日の夕方までに近所どころかかなり遠くにまでそのことが知れ渡っていたので、「これじゃあまりにもプライバシーがないんじゃない?」とイミスに文句をいったところ、返ってきた答えは「いいじゃない、今度アキコが倒れていたらみんなすぐに病院に運んでくれるよ。日本やドイツみたいに白骨になって発見されるなんてことないんだから」。私はなるほどと妙に納得してしまい、以後は色々なことが気にならなくなりました。 「隣人祭り」とは、なんとも奇妙な名前です。次回日本に帰国した時には実家の近所でも始まっているのでしょうか? |
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Bungalow Batu Layar (帆石亭) 黒野
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帆石亭 〜 Batu Layar Bungalows 〜 |
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