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4月5日、帆石亭から10キロほど離れた村で盛大な結婚式が行われ、その花嫁行列に私も参加しました。
その結婚式のことはすでに二ヶ月前からわかっていて、ぜひとも見てみたいものだと楽しみにしていました。情報源はマッサージのケーシー先生。私が10日に一度ぐらいの割でお世話になっているマッサージの先生で顔がケーシー高峰にそっくりなので日本人の間では「ケーシー先生」で通っています。この通信の読者の中にもケーシー先生の手にかかって悲鳴を上げた人が少なくないはずです。 そのケーシー先生の住む集落で、ササック人の若者がスウェーデン人女性と結婚式を挙げることになったというのです。大盤振舞いの結婚式で三つの楽隊が出るとのこと。これは見逃すわけにはいきません。 ロンボクのササック人の伝統では結婚は略奪婚の形をとります。ある日突然男性が女性を「さらって」いき、二人で数日間どこかに潜んで生活して結婚したという事実を作り、その後改めて花嫁花婿という形で女性の両親の元に報告に行くときに鳴り物入りの「花嫁行列」を行うのが慣わしです。この時に雇う楽隊を「グンダンブレク」といって、「大きい太鼓」という意味ですが、そのまま楽隊を表す言葉にもなります。 楽隊は大太鼓二、銅鑼一、笛一、ポータブル鉄琴二、シンバルのような金属製楽器六から八、という編成で、笛以外は重さが2キロから15キロはある楽器を首からかけたり天秤棒につるしてかついだりして打ち鳴らしながら練り歩くという重労働のため、団員はすべて男性です。中でも、両手に持ったシンバル様の楽器は踊りのような動作をしながら打ち鳴らすので、この楽隊の花ともいえます。ほかにスピーカーを持ち歩く係りもあって、ただでさえ大きな音を出す楽器群はさらにさらに大音響をとどろかせます。 この日、私は正装したケーシー先生とその家族といっしょに大通りを行列の始まる地点まで歩きました。午後4時をまわったころです。いつもは車でさっと通ってしまう道ですが、ゆっくり歩くといろんな発見がありました。田んぼが青々と広がり、畦に泳ぐ黒い魚を見たり、こんもりした森の向こうにまた別の集落があったりして、その森へうねうねとつづく細道などまるで宮沢賢治の世界で、今にも狸や山猫が出てきて人語を話し出しそうです。 1キロ半ほど歩いたところに黒山の人だかりができていて、美容室から出てきたばかりの花嫁の姿がありました。花嫁をとりまいて歩く村の若い女性とおそろいの青いクバヤ(レースの上着)を着ていますが、髪をたくさんの花で飾り金の冠をつけているのですぐ花嫁とわかります。そのあとに花嫁花婿の母親、女友達、親戚など女性の一団が、その後ろからは花婿、花嫁花婿の父親と男性の友人親戚の一団が続きます。スウェーデンから駆けつけた、花嫁によく似てチャーミングなお母さんとロマンスグレイの渋いお父さんもササックの正装がとても似合っていました。村の子供たちも正装して、お化粧をしている小さい女の子、おそろいのシャツを着込んだ男の子たちもいました。 花嫁と花婿には日傘がさしかけられ、行列の先端、半ば、最後に三つの楽隊がスタンバイして演奏が始まりました。それぞれ濃紺、ピンク、薄紫色の上着にそれに合った色の格子柄のサルン(腰巻)をつけた三つの楽隊は競い合うように楽器を打ち鳴らします。太鼓や笛のメロディーはどれも同じように聞こえますが、シンバルの一団の踊りの振りがそれぞれちがっていて、やはりこれがこの楽隊の目玉だと思わせます。 見ていて一番面白いのもシンバルの踊りですが、汗びっしょりになって熱演している人のそばには、手を抜いてへらへらしている奴がいたりします。バリのウブドでケチャを見たときにも最後列の方には後ろを振り向いてアカンベーをしているのがいました。日本では考えられないことです。 こうしてゆっくりゆっくり行列は進み、歩くこと一時間あまり、最後に楽隊が締めの演奏をしておひらきとなった頃にはもうモスクから夕べの祈りの呼びかけが流れ出していました。楽団員は楽器をかかえてトラックに飛び乗り、帰って行きました。 ボリビアにはこういう結婚式や誕生パーティーの時に頼まれて演奏をするプロの音楽隊がありましたが、ロンボクでは楽団はみなアマチュアで、週に一度集まって練習をしているのだそうです。一楽団に支払う演奏の謝礼が、花嫁の着付けに美容室に払う金額と同じというのは何か釈然としない思いです。20名から25名ほどの人で成り立つ楽団の一人が受け取る金額はあの長時間の熱演に対してあまりにも少なくて気の毒になってしまいます。熱く焼けたアスファルトの道を裸足で歩く(踊る)のも大変なことだと思います。 帰り道、ことのほか美しい夕日を見ながら、この伝統がロンボクにいつまでも続いていくことを祈らずにはいられませんでした。考えてみれば日本にもはるか昔にはこんな花嫁行列があったはずです。今でもそんな風習の残っている地方があるのかどうかは知りませんが、私には絵本で見た「キツネの嫁入り」ぐらいしか思い浮かびません。私がロンボクを大好きな理由の一番の理由は、なつかしい日本、子供の頃の日本が思い出されるからですが、もっと昔の、映画や写真でしか知らない日本を彷彿させる風景に出会うこともあり、はっとさせられることしばしばです。 ロンボクでは死者が出た時にも村中総出でいっしょに墓地まで歩きます。「野辺送り」という美しい言葉はもう日本では死語になってしまったかのようです。 喜びや悲しみを共同体みんなで分かち合うなんて、素晴らしいことだと思います。この素朴さがあるかぎり、私はロンボクに住み続けて、ロンボクに骨を埋めてもいいと思っています。 いつもは外から見るだけだった花嫁行列にはじめて参加していっしょに歩けて本当に楽しかった。ケーシー先生、ありがとうございます。楽隊のみなさん、お疲れ様でした。そして国境を越えた若いカップルにこれからも幸多きことを祈ります。 4月8日 日本へ出発数時間前のバリ、クタにて。 |
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Bungalow Batu Layar (帆石亭) 黒野
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