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今夜の番組チェック

《2007年9月》

9月13日より断食月に入りました。9月に入って少なくなった旅行者は潮が引くように観光地から消えていきます。昨年のロンボク通信に断食中の生活について書いたところ、「断食に対するイメージが変わりました」というお便りを何人かの読者からいただきました。私もすっかり断食に慣れて断食生活を楽しんでいます。ただし、あまり慣れてしまっては修行にならないかも、とも思いますが。

先月の小欄でインドネシアの歴史教科書を読んでいることを書きましたが、ようやく前編を読み終えました。16世紀になって今のスマトラ、ジャワを中心にそれまでのヒンズー諸国にかわってイスラム諸国が出現すると同時にポルトガル、スペイン、オランダなど西欧とのかかわりを持ち始めるところで終わっています。

歴史の本を読んで私が発見したのは、ロンボクでも他の都市でもよく目にする店や街道の名前が歴史上重要な人物の名前であったことです。名摂政の名前がそのまま国内有数の大学名になっていたりもします。
日本でいえば「聖徳太子大学」「義経通り」「ホテル信長」「割烹家康」といった具合です。

偉人の名前を道につけるのは南米も同じでした。ボリビアには「シモン・ボリーバル通り」がありましたし、ブラジルには「ヴァスコ・ダ・ガマ通り」がありました。
「コロン(コロンブス)」というのは南米諸国に見られた道の名前でした。
インドネシアと違うのは、独立記念日をはじめとする歴史上重要な日付も道の名前になっていることで、日本でいえば「五月三日通り」「二月十一日通り」というところでしょうか。
傑作だったのは、時の大統領の名がそのまま道ではなく都市の名前になっていた例で、これは1988年私がボリビアに渡った当時隣国パラグアイにありました。クーデターなど政変の多い南米でよくそんな名前をつけたものだと思っていたら、案の定その大統領は失脚し、次の大統領の名がそのままその市の名に変わりました。日本なら「小泉市」が「安部市」になり、また「福田市」にかわろうか、というところです。
他に「独立」とか「自由」「敬虔」といった抽象的な概念が道の名前になっているものも多くありました。スペイン、ポルトガルや同じ南米の近隣国の名前をつけた道もよく見かけたものです。

そう思い返しながら改めてロンボクの中心都市マタラム(これも王朝の名前)の市街地図を見てみると、ここにも「繁栄」「自覚」というのがありました。「エジプト」という名前の通りもあって、なかなか面白いものです。
インドネシア人に日本の住所を教えると、「どうして日本の道には名前がないのか」とよく聞かれましたが、考えて見れば日本では名前のない道が多いですね。「国道○線」「○○街道」「○○通り」と名づけられているのは主要な道だけで、住宅街の中の小道や路地にまで名前があることなどまずありません。

この通信の読者の国籍及び居住国(元居住国)は、マレーシア、タイ、香港、中国、オーストラリア、アメリカ合衆国、メキシコ、ホンジュラス、ボリビア、アルゼンチン、スペイン、フランス、イギリス、ドイツ、ハンガリー、と多岐にわたっています。みなさんの知っている国では道にどんな名前をつけていますか?
面白いのがあったら教えてください。


*今月のお客様はインドネシア(ジャワ)、日本から。

*10月は私が日本に帰国するためロンボク通信はお休みします。

*お知らせ:

10月19日から3日間、東京都立川市のギャラリー「茶遊」でロンボクのイベントを開催します。
休日の一日、玉川上水散策をかねて見にいらっしゃいませんか。
ホームページは下記の通りです。

     ギャラリー茶遊 Tel/Fax 042−535−4900
                http://www.yel.m-net.ne.jp/~sayu-tea

当日はロンボクコーヒーとお菓子を用意してお待ちしています。


Bungalow Batu Layar (帆石亭) 黒野

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