[PR]テレビ番組表
今夜の番組チェック

《2008年1月》

1月10日はイスラム新年。ヒジュラ暦1429年が始まりました。といっても新年らしい雰囲気は何もないので、断食明けの大祭の方がよほど正月めいています。おもちを食べたり子どもがお年玉をもらったりするところなど日本の正月とそっくりです。そのため断食明けの大祭を「イスラムの正月」とまちがって記してしまったのが2001年12月のロンボク通信第一号だったと思います。

あれからはや6年がたちました。この通信もよく続いたものだと自分でも感心しますが、はじめの頃の何もかも珍しく興味深くてこの感動や驚きを人と分かち合いたいという思いは今も変わりません。「よく毎月書くことがありますね」と言われたりしますが、日々何か新しいことが起こるし、それによって考えさせられることが多々あるので、ネタに困ることはありません。それどころか6年たってもまだ書きたくて書いていないことがたくさんあります。ロンボクに住むようになってからは8年がたとうとしていますが、こちらの動植物や人々の暮らし宗教のことなど、まだまだわからないことが多く毎日が勉強です。

さて、今月からまた物価が値上がりしました。
8年前と比べると食パン一斤の値段は3倍になりました。日本円で100円近くなので日本のスーパーのバーゲン品とそれほど変わりません。強力粉1キロの値段の方が食パン一斤よりまだ安いので、日本の家の冷蔵庫に眠っていたドライイーストを使ってパンを焼いています。消費期限はとっくに切れていますが(2003年9月となっていました)こちらの気候はパンを醗酵させるには理想的なようで、あまりがんばってこねたりしなくてもよくふくらんでおいしく焼きあがります。私が面白いなあと思うのは、街に何軒かある製パン所のオーナーは中国人かアラブ人でインドネシア人はいないこと。少なくとも私の知る限りロンボクでパンを作っているインドネシア人はいません。
「インドネシア人はパンが嫌いなのさ」とイミスは言いますが、それにしては彼らもおいしそうにパンを食べてはいます。ただし、インドネシア人にとってパンは麺と同様あくまでおやつであり食事は必ずご飯でなければならないという人がほとんどです。

8年間で3倍になったのはパンの値段でしたが、乗合バス料金は4倍、米は2倍になっています。値上げの幅の少ないものは野菜で、なぜか全く値上がりしていないものもあります。みどり色の長い茄子が8年前も今も一本250ルピア(約3円)というのはなんだか不思議です。

日本でも食品の値段は上がっているようですが、まだまだゆるやかなものだと思います。経済急成長の中国ではインフレが懸念され、食品はこの2年で2倍になったということですが、私はブラジルにいた時(1991年)インフレというものを体験しました。スーパーに行くと
大きなカートに同じ銘柄のシャンプーや洗剤を大量に買い込んでいる人がたくさんいるのがとても不思議でしたが、値段が上がらないうちに買いだめしているのだと気づくのにそう時間はかかりませんでした。毎日ものの値段が上がっていくのですが、同じ日でも午前と午後ではもう違う値札がついていたりしました。
それより3年前、ボリビアに着任した時はすさまじいインフレが奇跡の経済政策で収まった直後でした。少し前までは札束を山のように積み上げて日用品を買っていたという話を聞いて、その光景が想像もできませんでした。

話を今現在のロンボクに戻しますと、物価高騰は顕著なのにまわりを見回すと新しい店が次々とできていたり、車やバイクの数が増え、しかも以前あったようなボロボロのものはめったに見られなくなって日本と変わらなくなってきているのはなんとも不可思議です。
シンギギは今や外国人よりもローカルの人たちの盛り場となっていて、帆石亭のお客様も8割方がインドネシア人となりましたが、金離れがよく、外国人のように宿代をけちったりはしません。

日本のニュースでは「低迷する日本経済」「急成長する中国とインド」ということがよく言われ、今まで死語となっていたかのような「貧困」という言葉を耳にするようになりましたが、バリの観光地にはこの現象がよく現れています。日本人旅行者にかわって韓国、中国からの観光客が増え、最近ではインド人の家族連れを目にするようにもなりました。
二極化した日本人の一部が「豊かな」中国やインドに出稼ぎに行くようなことになる日も案外近いのかも知れません。


*今月半ば、イミスの従兄がジャカルタからやってきました。エジプト留学中に知り合って結婚した韓国人の奥さんと、現在オーストラリアの大学で美術を勉強している娘さんとの3人で数日バンガローに泊り、あちこちを観光していきました。「ロンボクがこんないいところだとは思わなかった、バリよりずっといい!また来たい」とみんな大感激でした。韓国の李さんとはとても気が合い、いい友達になりました。李さんの話ではジャカルタ在住の韓国人は5万人にも及び、韓国の病院が3つあり、レストラン、エステティックサロンなど数え切れないくらいあるそうです。あちらの韓国人社会に宣伝するのだと帆石亭のパンフレットを大量に持って帰りました。
これからは韓国の常連もできるかと楽しみです。


*1月27日第二代大統領スハルト氏死去。翌28日の埋葬の様子をテレビで見ました。一族の墓というのはホテルような豪華さで、独裁者といわれ全盛を誇った頃に作ったもの。まだ12も墓穴のあきがあるそうです。良くも悪くも後世に名を残した人物でした。


Bungalow Batu Layar (帆石亭) 黒野

帆石亭ホームページへのご意見、ご感想などは、 こちら へ、
また、動作の不具合や誤字などにお気付きの方は、 こちら(システム担当) へご連絡ください。